狸のしっぽ (日本編) 2012年



NO.22 2012.1.17
  <新しい私を創ってゆく>

新年を迎えたと思っているうちに二週間が過ぎた。ところで今年の目標は?

「信じて時を待つ。新しい私を創ってゆく。人とのつながりを大切に育む。」

先日、読み語りの会で友達がステキな短歌を紹介してくれた。
 
たのしみは 心おかぬ 友どちと 笑ひかたりて 腹をよるとき

たのしみは 朝おきいでて 昨日まで 無かりし花の 咲けるを見る時

(橘曙覧(たちばなのあけみ) 独楽吟(どくらくぎん)の世界 より)

この他にも、「たのしみは」で始まる短歌がいくつか詠まれている。
それらの短歌は、最近読んでいる本の中に書かれていた言葉とひびきあう。

「人生の質は喜ぶことのできる能力に比例している。その能力は、日常の細部
に気を配ることでもたらされる贈り物である。」
「注意を向けることによって、私たちは人や世界とつながる」
(「ずっとやりたかったことを、やりなさい。」ジュリア・キャメロン より)

そして昨日、本屋さんに行って出会った本もまた、こうした方向へと私を導い
てくれる言葉に充ちているステキな本だった。
「今日もていねいに。」暮らしのなかの工夫と発見ノート 松浦弥太郎

私にとって新鮮だったのは、こういう本は、女性が書くことが多いのに男性が、
書いていること。でも著者が「暮らしの手帖」編集長。ということで納得。

読んでいると、言葉のひびきがとても心地よく感じる。
美しいものを愛する、洗練された心の波動が伝わってくる。

心ひかれる本との出会いは、新しい友達とのワクワクする出会いと同じである。
自分ではわからないことに、「こんなやり方もあるよ」と親切に教えてくれる
のが有難くて嬉しい。

ということで、去年とは違う新しい私になってゆこうと思っている私にちょっ
としたおためしがあった。

あるワークショップで、周りの社会とのおつきあいで悩んでいる人をとりあげ
て、色々な考え方ごとにグループになって、それぞれの立場から意見を言うと
いうのをやった時のことだ。

数人の人達が、「できない理由を述べて、そういうことはやりません。とはっ
きりことわる。」というのに対して、多数派の中にいた私は、かすかな怒りを
感じて、「それはずるい。わがままだ。みんなで平等に分担してやるべきだ。」
と言ったのだ。

でも、その少数派の人達が、「人それぞれに事情がある。そういうやり方しか
ないと思い込んでいる構造を変える必要がある。」と言った時に、はっとした。

今まで正しいとされてきた常識、みんな平等にという考え方が、人と人とのつ
ながりを、窮屈で楽しくないものにしているのに、それを当たり前のことと思
い込んでいる自分に気づいたのだ。

確かにそれによって秩序、調和を保ってきたということも事実ではある。
でも、もっと自由で、うまくいく、別なやり方だってあるはずなのだ。

ということで今年は、色々な場面で意識して、今までとは違うやり方、考え方
を選び、新しい私を創ってゆこうと思う。


NO.23 2012.4.2  <内側に意識を向けること>

去年の11月から、縁あって、山本美穂子さんの勉強会に参加している。
彼女は「光の手」「癒しの光」の著者であるバーバラプレナンの学校で、学ば
れた人である。

美穂子さんの勉強会で最初に学ぶのは、キャラクトロジー(性格心理学)である。
生まれた時から、幼児時代、子供時代に、親や周囲から、どのように扱われた
かによって、脳が設定する防御反応が違う。それを五つのタイプに分類したも
のだが、どのタイプの要素も自分の中にあるのに気づく。

さらに私達の内なる声、ジャッジメントする声、取り繕うマスクの声について
学ぶにつれ、自分だと思ってきた自分が、ほとんど偽物の自分だったと気づか
される。
自分の考えや想念が、私が育ってくる中で、思いこまされ作られてきたものに
すぎないとよくわかった。

あるワークをやった時に、私の中から人をジャッジする声がたくさん出てきた。
口に出して人を非難しなくても心の中でそういう想いを持つなんていやだなぁ
と思った。
それはとりもなおさず自分自身をもジャッジしているということだし、人から
もジャッジされるのではと思うために、人の目を恐れる心にもなる。

と、美穂子さんに話したら、ジャッジする声は、本当のあなたの声でなくて、
偽りの声だよ。それに同化しないこと。と、言われた。

ジャッジする自分をジャッジする。そして苦しむというのが私の今までの在り
方だった。
こんなふうに私達は、どこまでも偽りの自分を自分だと思い込むクセがついて
いる。

じゃあ本当の私は何を感じているのだろうか? それがわからない。

攻撃に対する防衛反応ということを無意識にやり続けながら、それに対して、
頭で自分に都合のいい理屈をつけて納得させるということをやってきたのだ。

ハートで感じることは、自分が傷つく危険なことであるから、感じないよう
にするという、幼いころのやり方にずっと支配されているというわけである。

こういうことは、もう随分学んできて頭ではわかっていても、長年に渡って
やり続けてきたことなので、簡単には自分を変えられない。

でも、学び続けてきたことで、自分の想念の正体がより明確になってゆくこ
とで、心が自由に、楽になってゆくことが嬉しい。
そして、自分のことを全然わかってなかったんだと、わかってくる。

今まで感じたり考えたりしてきたことがみんな偽りというわけではない。
すべて必要、必然のプロセスだったのだ。そして、今ここからだ。

ということで、私は、考えない練習。感じる練習。自分の内なるエッセンス、
本心につながる練習を、意識してやっている。

人間は面白い。どこまでも深い。

そして最近、変わったことがある。

それは、意識が内側に向かうようになったということだ。
すべては自分の中にある。という実感がでてきたのだ。

たとえば以前「ホ・オポノポノ」の本を読んだ時、自分が体験することは、
自分が創りだしたもの。だからどんな時も自分の内側をクリーニングする
という考え方が、よくわからなかった。
問題をかかえた人がいれば、その人のために祈るという発想しか出てこな
かった。
それを起こした自分の記憶を消すというのがピンとこなかった。

でも、最近は、自分の内側に向かって祈ることを意識するようになった。

私達が生まれ変わり死に変わりしながら、積み重ねてきた間違った想念行
為の層(それによって世界に不幸がもたらされている)が、どれほど分厚く
ても、決してあきらめることなく、そこに光を送り続けようと思う。

その層は、私の心の奥のほうで、すべての人間の心とつながっているのだ
から、私が自分の内側に向かって祈ることで、減らしてゆこうと思う。

そう、私は私が出会う世界を変えてゆける存在でもあるということだ。
そこに、私のエッセンスがあると思う。

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あーっと言う間に、2月、3月が過ぎ去ってしまった。
年の始めに、新しい自分を創ると宣言したけれど、どうだろう?

新しいことをやるというよりも、今までやってきていることが深まってゆく
という感じだ。同じことでも、視点が変わったり、違ったやり方を選択する
ことで、私の中では、新しくなってゆくという感じかもしれない。

相変わらずの日常が過ぎてゆく。
仲間と一緒に、紙芝居をやったり、太極拳や気功をやったり、自分の可能性
を引き出してゆく学びに参加したり、世界の平和を祈ったり。

そして、思うことは、すべては必ずよくなる。絶対大丈夫。

どんなニュースが流れても、今ここ自分の心の中は、明るく平和であること
を、選ぶことができるのだと。そのほうが絶対お得と、思うのである。


NO.24 2012.6.1 <意識改革へ向かう一歩>

知り合いのカップルに、問題が生じた。
それぞれの話を聴いてみると、そこで何が起きているのかがよくわかった。

(今まで、岡部明美さんの、セラピスト、カウンセラー講座で学んだり、最近
は、山本美穂子さんの体験型心理学で学んでいることなどが、役に立った。)

大人として成長していない、幼い心のまま、それぞれが信じている狭い世界観
の中で、生きている。
そして、自分を守るための防衛反応で、相手に接している。
それは相手には拒絶とか、攻撃と感じられる。ということだ。

こういうことは、多かれ少なかれ今を生きる誰もが体験していることだと思う。
私自身もそうだったから、良くわかる。(今でもそうかもしれない)

それぞれに、豊かな才能もあり、大人として社会に貢献して生きているという
ことも事実だし、相手のことを大切に思い、仲良くやってゆこうと、努力して
きたことも事実だ。
しかし、どんなに頭で考えても、それだけではうまくゆかないのだ。

自分を支配している無意識の思い込みや感情に気づくこと、本来の自分の輝き
を取り戻すことが求められているのだ。

とりあえず、山本さんのカウンセリングや講座を、受けることを勧める。
そして私が、自分をとり戻すためにたどってきた道筋を、書きつづった「わた
しの応援歌」という冊子を、参考になればと、手渡した。

色々なことをアドバイスしたくもなるけれど、それぞれが自分なりに、本来の
自分を取り戻してゆくことを、信じて見守るだけだ。

今まで信じていたゆるぎない自分という存在が、周りの世界から、そう思いこ
まされただけのものであること。
自分本来の力と自由と輝きを奪われ、権力を持つ者にとって都合よく生きるよ
うに条件づけされてきたことに気づいてゆくことは、痛みをともなう辛い作業
になると思う。
今まで抑え込まれていた怒りや悲しみが吹き出てきて、コントロールできなく
なることもある。

でも、こういうことに気づいた時から、自分を取り戻し、本来の自分を生きる
ということが始まる。それは、自由と喜びへ向かう旅でもある。

今、私達が感じている、不安や寂しさ、恐れの奥にあるのは、こんな風にして
本来の自分を見失っていることが原因だと思う。
でも、それを問い直すことは、自分が信じてきた世界の崩壊を伴うので、大半
の人は、その「意識改革」への一歩を踏み出せずにいる。

私達の親の時代には、心の奥の潜在意識について考えるゆとりもなかった。
私達の時代でも、病気や問題が起きたことがきっかけで、自分の心に向き合い
意識を変えることができたという人は少ない。
そしてそのことの「つけ」が子供達へと、引き継がれ、世界の不幸を生み出し
ている。

最近は、心のことが色々取り上げられるようになって、こうしたことへの理解
が広がってきているけれど、それも、知識として、頭で理解しただけでは現実
を変えてはゆけない。
潜在意識に記録された思い込み、反応パターンに気づいても、体のレベルにま
で浸透しているそうしたエネルギーを解除し、脳に新しい回路(本来の回路)を
作ってゆく作業が必要になってくる。

15年ほど前、私は自分が無意識無自覚に子供をいじめていたことに気づいて
愕然とした。
さらに、自分をいじめ続けていたことに気づいて、もうこんなことはやめよう
と思った。
親から子へと伝わってきた、怒りと悲しみと暴力の連鎖を断ち切ろうと決めた。
でも、始めは、どっちが出口かわからない闇の中にいるようだった。

自分の心がたどってきた日々のことを思う時、今、その一歩を踏み出した二人
が感じている辛さがよくわかる。
でも、私の時より、短時間で痛み少なく、乗り越えてゆけると思う。
たくさんの気づきがあり、素晴らしい成長を遂げることを楽しみにしている。

そして私は決めた。
私が心と体を癒し、本来の自分を取り戻すために学んできたこと、実践してき
たことを、後に続く人達のために、わかりやすい形にして伝えてゆこうと思う。
そして、仲間と共に、意識改革のための学びの場を、広げてゆこうと思う。

権力を持つ人間に、恐れによって支配されている今の世界を変えてゆくには、
私達一人一人が、家庭の中にまで浸透しているその構造を理解し、自分本来の
力を取り戻してゆくことが求められているのだと思う。

その一歩を踏み出す人が増えてゆくことを願って、私はそのために、もっと力
をそそいでゆこうと決めた。
  


NO.25 2012.8.2 <心の中の終戦>

「あーそういうことなのか。」という気づきを、一つ一つ積み重ねてきた。
そのたびに、少し軽くなって、ここから新たなスタートだと思う。

今回の気づきは、「ブレーキをかけながら、思いっきりアクセルを踏んで、走
り続けてきたんだな。」「私は私ではないものに、なろうとしていたんだな」
ということ。

そして、やっと心の中の 戦争が終わった。長かったな。としみじみ思う。

自分の心の中が平和であること、自由であることを目指して、色々やり続けて
きたことで、「体験型心理学」の講座に出会った。
そして、五つの性格学(キャラクトロジー)について学んだことがきっかけで、
自分を支配する無意識の言動についてより深く理解することができた。

五つのキャラクトロジーでは、攻撃に対してどのような防衛反応をするかによ
って、タイプを分けている。
パニック、鬱、偏執狂、攻撃性、強迫神経症という、五つの反応パターンが、
多少なりとも自分の中にあるわけだけど、その中で特に自分はこのタイプだ、
というのがある。

私の場合は、サイコパスタイプで、攻撃性という反応パターン。
そして、私の父も、まさにサイコパスタイプであった。

人の話は聞く耳もたず。自分と違う意見は自分への攻撃と受け止め、常に自分
の正しさを主張する。
負けることは屈辱。人を助けることはいいけど、自分は弱みを見せるのはいや。

私は、こういう性格を改善したいと思っても、どうしてそうなってしまうのか
がわからなかった。
それが腑におちたのは、「癒しの光」(バーバラ・アン・ブレナン著)の中に、
「サイコパスの人はおそらく多くの人生を戦士として過ごし大義のために戦っ
てきた」「うらぎられて死ぬという体験をしているため、人を信頼できない。」
と書いてあるのを読んだからだ。

戦いの場では、負けることは、死ぬこと、敵の奴隷になることを意味している。
だからどうしても勝たなければならないのだ。

こういう過去世の体験が、潜在意識の中に残っていて、その思い込みが、そう
いう人生を引きつけるということでもあるようだ。

「このタイプはしたがって多くの恐れを持ち、世界を戦場であるとみなし、戦
う以外に道はないと感じている。」「人生とは正しいもののために戦うことだ
と信じているので、人生に対して攻撃的に立ち向かう。」

父も私も、心の中ではずっと戦場に居たのだ。と思う。

もう、こんな風に生きるのは終わりにしよう。と心底思う。

「私は降伏する」もう戦わない。(いったい誰と戦っていたのだ?)

そんな風に決めたら、ふっと楽になった。

以前友達が言っていた言葉を思い出す。

「正しさと幸福は両立しない。」

正しさを主張している時は、頭であれこれ考えている時だ。
幸福であろうとする時は、ハートで感じている時だ。

という風に、普段は冷静にこういうことを理解していても、反応は瞬間に起こ
ることなので、気づいた時に、手放すということをやり続けるしかない。

そして、そこに(心の中の戦場に)赦しと癒しと愛をもたらすことも必要である。

そうだよ、それは自己防衛の本能だから当たり前だよ。
そうしないと生きてこれなかったのだから。しかたがなかったんだよ。と思う。
すばやく、頭で考えて、自分を守ろうとする脳のシステムに、感謝する。
その時の私にとって、大切なものを守り続けてきてくれたことに感謝する。
戦い続けることは辛かっただろうな、疲れただろうなと思う。
心も体も傷だらけだよね。ずっと負担をかけてきてごめんね。と思う。

私は、戦場から帰って来た戦士のように、自分をやさしくねぎらい、愛を込め
て、抱きしめたいと思う。

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去年の11月から、山本美穂子さんの「体験型心理学講座・基礎コース」で学ん
できて、7月でそれが終わった。
ここで学んだことは、私の心の成長にとても役にたった。

同じコースが8月から名古屋と岐阜で始まる。(再受講する人もいる)
おすすめのコースである。
美穂子さんのHP http://www.heartintouch.net/

私は、さんざん迷った挙句、8月から始まる中級コースを受講することにした。
自分を赦し、癒し、愛することを仲間と共に学んでゆこうと思う。


NO.26  2012.10.2  <あなたはそう思うのね>


自分が無意識にとっている態度には気づきずらいものだ。
まさにそれが起きている瞬間に、ストップをかけてもらって、今あなたはこん
なことをしている。そしてそれに対して相手はこんな風に感じている。それで、
不調和、対立が起きて、お互いに気分が悪くなっている。と教えてもらえたら。
そして、今までとは違う対応の仕方を練習するというようなことができれば、
自分を変えてゆくきっかけになると思う。

私は先日、体験心理学を教えてくださっている山本美穂子さんから、そんな風
なカウンセリングを、受ける機会があった。

相手がなにかを語った時、それが自分の考えと違っていると、私は即「でも私
はこう思う」と、言うクセがあった。相手の言葉を全然聞こうとしないのだ。
さらに、相手の言葉に、少しでも私に対する批判的なニュアンスがあると私が
感じた時には、カチンときて、攻撃による防御に入っていったり、私が気にし
ていることを言われて、胸がズキンとすると、くどくどと言い訳を述べ続ける
クセがあった。

そういう状態の私と関わる時、相手は、腹がたったり、言ってもムダとあきら
めたり、うんざりしたりと、いやな気分になる。
当たり前だ。私だってそんな風な人にはできるだけ関わりあいたくないと思う。

でも、それが家族だったら、弱い立場のほうが、常にそういうストレスにさら
されることになる。
誰だって、家族とは心が通じる会話をして、穏やかに暮らしたいのにね。

そして私は、相手の語ることに対して「あなたはそう思うのね。」と言う練習
をした。
心の中に、「でも私は」と抵抗して何か言いたくなる感情がわいてきたけれど、
努力してやってみた。
それによって相手が、自分が受け容れられたと感じ、穏やかな心でいられるの
だということが、腑に落ちて良くわかった。

人は、違っているのが当たり前。それを受け容れたからと言って、自分が侵さ
れるわけでもないのに、無意識の底にある恐れが、そう錯覚させてしまう。
そして、親子の間からはじまって、色々な人との関わりの中で、心を閉ざし、
対立してしまう愚かさを、続けてきているのだ。

私はまず「あなたはそう思うのね」という言葉を、人と平和的に関わってゆく
ための「キーワード」として、意識して思い出すようにしようと決めた。


頭で理想論を学んでも何も変わらないけれど、リアルな心と体の実感をともな
う学びは、私達の変容を助けてくれる。

ということで、「体験型心理学」を教えてくださっている、山本美穂子さんと
学びの仲間で、NPO「未来育プロジェクトMelike Project」を立ち上げ、活動し
てゆくことになった。

9月19日には、「いじめ」というテーマで「第一回フォーラム」が開催された。

まず私達の心の中から「いじめ」をなくしてゆこうということで、エネルギー
ワークを行い、自分が何を感じ、体はどんな風であるかに気づくことから、ど
のように対応すればいいのかを学んだ。

その中で印象に残ったのは、「敬意を持つ」という在り方であった。

いじめられる人、いじめる人を、見ている立場の人が、辛くて、逃げ出したく
なったり、何もできないという思いを持ち、それを感じたくないので体を固く
していることがわかった。
美穂子さんは、その人達に、「いじめる人、いじめられる人を変えようとしな
いで、ただ、中立の立場で、その人達に敬意を持って関わる。」という在り方
をするようにと言われた。
そして実際に、そういう態度をとると、誰にとってもそれが一番「楽」である
ということがわかったのだ。

私は、「いじめ」の根っこは家族関係の中にあると思っている。

「あなたはそう思うのね」と、敬意をもって家族に接することは、難しいこと
だと思う。一瞬の無意識の反応がそれをじゃまする。

だからこそ、仲間で励ましあって、支えあってやってゆこうと思う。
こんな考えに賛同してくださる方は、是非、声をかけてくださいね。

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自分を癒し自分を愛するための方法には、色々なものがある。

それらに共通する要素がわかってくると、私が続けてきた野口整体の「愉気」
が、シンプルでいいものだと実感する。
そして、心と体をリラックスさせる「ハーモニー体操」も簡単でいいものだ。
全然無理なこと努力もしないのに、心も体も楽になる。

最近これはいいと思っているのは「アティテューディナル・ヒーリング」だ。
これは、今ここに留まって、ただ人の話を聴くという練習をするものだ。
まさに「あなたはそう思うのね」と相手を受容しつづける練習ともいえる。

どんなことも地道に続けることで、効果が現れる。でも、一人だと続かない。
二人からでもいい、ちいさなグループでやることがポイントだと思う。
私は、そういうちいさいグループの仲間と支えあって、ここまでこれた。
ありがたいなぁと、しみじみ思う。